この記事はここからお読み下さい。

Vol.4 "LOOKING BACK" K.ODA 1989-1998

1989年、パーソナルレーベル「Little Tokyo」を立ち上げた小田和正は、同名タイトルのシングル「Little Tokyo」で、自身のソロ活動を本格的にスタートさせる。
翌1990年、アルバム「Far East Cafe」をリリース、同年には初のソロツアーを行う。
そして1991年、シングル「Oh!Yeah!/ラブ・ストーリーは突然に」、ベストアルバム「Oh!Yeah!」が大ヒット。1992年、第1回監督作品「いつか、どこかで」公開、アルバム「sometime somewhere」リリース…
小田は着実にソロ活動を積み重ねていく。


1992年8月、小田は西宮スタジアム・横浜スタジアムで「MY HOME TOWN」と冠したライブを開く。
幻に終わった横浜スタジアムでの5人のオフコースのライブ構想から、ちょうど十年目。
オフコースのナンバー「思いのままに」を歌ったあと、小田は「ここに5人がいるような気がした」とコメントした。
このスタジアムライブのために書き下ろしたテーマ曲「my home town」は、翌年リリースされたアルバム「MY HOME TOWN」に収録された。

1993年、小田はオフコースの楽曲をセルフカバーしはじめる。
もともと1988年のソロアルバム「BETWEEN THE WORD & THE HEART」で、オフコース初期のナンバー「僕の贈りもの」をリメイクしていた。それは当時のアレンジに必ずしも納得していなかった小田が、自分の納得するものに仕上げたかったからだった。

「過去はやり直せないが、楽曲ならやり直せる」
オフコース時代でアレンジに納得がいかなかった楽曲、発表当時とは違ったアプローチでのアレンジを思いついた楽曲、ライブを積み重ねたことで行き着いたアレンジの楽曲…
そういったオフコースの楽曲達を、小田はリメイクしはじめる。

まず、CMソングとなった「緑の日々」がシングルとしてリリースされる。
同年のシングル「風の坂道」からは、「シングルのカップリングは影が薄い」という小田の思いから、「シングルのカップリングはオフコースのカバー」というコンセプトを打ち出し、その第一弾として「Yes-No」がリメイクされる。

その後、小田は新曲発表をシングル中心とし、オフコースのセルフカバーも増えていく。
1995年、過去の別れを肯定的にとらえるシングル「君との思い出」が出来た時、小田はセルフカバーした楽曲をアルバムとしてまとめる事を思いつき、翌1996年にリリースする。



「LOOKING BACK」
「過去を肯定的に振り返る」という意味で名付けられたアルバムには、「君との思い出」からスタートし、代表曲「Yes-No」「愛を止めないで」「秋の気配」、そして大胆にアレンジされた「僕の贈りもの」へと遡る構成になっていた。
翌年リリースしたベストアルバム「伝えたいことがあるんだ」でも、小田は一部の楽曲のアレンジを一新する。

1997年、第二回監督映画「緑の街」公開にあわせてスタートしたツアー「Thru The Window」では、映画使用曲と共に「LOOKING BACK」収録の曲達が多く披露される。

1998年2月3日「Thru The Window」ツアー最終日
ライブビデオ収録を目的に、東京国際フォーラムで追加公演が組まれた。
そのアンコール、小田はオフコース解散以来初めて「言葉にできない」を歌う。
この時の小田に涙はなかった。

残念ながら、そのトラックは発売されたビデオに収録されなかった。


K.ODA TOUR 1997-1998 THRU THE WINDOW LIVE

Vol.5 "たしかなこと" K.ODA 1999-2005

1998.2.3 セットリスト

1,緑の街
2,風の坂道
3,風に吹かれて
4,やさしさにさようなら
5,遠い海辺
6,秋の気配
7,思い出に変わるまで
8,so long my love
9,愛を止めないで
10,もっと近くに
11,ラブ・ストーリーは突然に
12,僕の贈りもの
13,そのままの君が好き
14,伝えたいことがあるんだ
15,君との思い出
16,風のように

17,またたく星に願いを
18,Yes-No

19,言葉にできない
20,だからブルーにならないで
21,君住む街へ

22,ラブ・ストーリーは突然に