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小田和正 に参加中!
小田和正ソロとしての最初の武道館ライブは1990年11月5日〜7日、初のソロツアー「Far East Club Band K.Oda Tour 1990」最終公演であった。

オフコース解散後、初のソロアルバムFar East Cafeリリース後、園山光博・安部恭弘らが参加したバックバンド「Far East Club Band」を従えてのツアー。
キーボードを演奏しながら歌う、というオフコース時代のスタイルはソロでも継承されたが、アップテンポの曲ではハンドマイクを用いるようになったのが斬新であった。
またゲストとして別れの街をプロデュースしたばかりの鈴木雅之、安部恭弘の代役で一部ツアーのコーラスをつとめた佐藤竹善が登場した。



次の武道館公演は「sometime somewhere K.ODA TOUR Far East Club Band 1992」1992年4月23日−25日
「ラブ・ストーリーは突然に」のミリオンヒット、そして小田和正の初監督映画「いつか どこかで」公開を受けてのツアーの最終日。
最終日、スペシャルゲストとして登場したのがCHAGE & ASKA。
彼らのミリオンヒット「SAY YES」を三人で歌う、という贅沢なものだった。

3回目の武道館公演は1994年8月16日「日本をすくえ」
泉谷しげる・吉田拓郎らと組んだ「スーパーバンド」によるチャリティライブである。

ソロの公演は翌年の1995年4月27・28日、5月22・23日に行われた「FUN MORE TIME! KAZUMASA ODA TOUR 1995」
このツアーから小田和正は、キーボード弾き語りスタイルでの演奏方式から、ギターを持っての演奏が主となる。
メンバーチェンジのあったFar East Club Bandには、コーラスとして元赤い鳥、Hi-Fi-Setの山本潤子が一部公演に参加した。
ライブ会場の周辺を小田自身がめぐる「御当地紀行」はこのツアーからスタート。武道館ではその総集編が流された。
4月28日には「あの頃にとどけ」をプロデュースした島倉千代子、そして鈴木雅之・佐藤竹善がゲストに登場した。

次のツアー「K.ODA TOUR 1997-1998 THRU THE WINDOW」は第二回監督作品「緑の街」と連動してのもの。
日本武道館では1998年1月30・31日、コーラスに山本潤子・今滝真理子が参加して開かれた。

このツアーでは、グランドピアノがキーボードに代わってステージに登場した。
「緑の街」「秋の気配」「風のように」といった名曲がピアノから奏でれた。



5度目のソロツアー「Kazumasa Oda Tour 2000 "SAME MOON !!" 」はアルバム「個人主義」を引き下げてのツアー。コーラスも加藤いづみが担当することになった。
日本武道館公演はツアーラストの2000年10月11・12日。ちょうど満月の日に開かれた。
最終日には八景島でのカウントダウンライブ「ちょっと寒いけど みんなでSAME MOON!!」が発表される。

このライブで演奏された「言葉にできない」が「LOOKING BACK2」
「自己ベスト」に収録されている。



「キラキラ」そして「自己ベスト」の大ヒットを経ての「K.ODA TOUR 2002 『Kira Kira』」では残念ながら日本武道館公演がなかった。
しかし今年、「Kazumasa Oda Tour 2005『大好きな君に』」では、7月・9月・12月に6公演組まれている。

sometime somewhere
Far East Club Band K.Oda Tour 1992
1992.4.25 日本武道館

・あなたを見つめて(INST)
Far East Club Band Song
勝手に寂しくならないで
思い出に変わるまで
goodtimes & badtimes
あなたを見つめて
1985
哀しいくらい
風と君を待つだけ
Oh!Yeah!
time can wait
春風に乱れて
恋は大騒ぎ
ラブ・ストーリーは突然に
いつか どこかで

ENCORE
眠れぬ夜
恋する二人
SAY YES
Yes-No
I LOVE YOU