1983年、オフコースは解散に近い活動休止状態にあった。
その中で小田和正は、あることを考えていた。
「アーチスト同士がお互いに認め合い、尊敬しあう場を設けたい」
その思いを胸に、彼は「日本グラミー賞」という構想を掲げるが、諸事情から夢半ばで挫折する。

オフコースが参加した1985年の国際青年年イベント「All Together Now」は、グラミー賞構想から生まれた、いわば小田の夢の飛礫であった。

それから十年以上の時が流れる。
オフコースは解散し、小田和正はソロ活動をスタートさせる。

1998年6月24日、日清パワーステーション閉鎖を目前に控え、小田和正は同所でのラストライブを開いた。
そのライブで小田は「最近気になった曲」として、SMAPの「夜空ノムコウ」をピアノ弾き語りした。
初期のオフコース、そしてソロになってからはイベントでの他のアーチストの共演でしか行わなかった、他人の曲のカバーを、自分のソロライブで初めて披露した。

そして、周りが考える以上に小田は「夜空ノムコウ」をかなり気に入ったようだった。

翌1999年、鈴木雅之のシングルをプロデュースする際、同曲の作曲者・川村結花をコンポーサーとして呼び寄せた。
同年の鈴木雅之とのジョイントライブでは、ゲストとして彼女が招かれた。

2000年12月31日「ちょっと寒いけど、みんなでsame moon!!」
初のカウントダウンライブで、「夜空ノムコウ」と共に「リクエストが多いので」といって小田が歌ったのが、山下達郎の「クリスマス・イブ」だった。
そしてこのライブのさなか、2001年となる。

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小田和正カウントダウン・ライブ
ちょっと寒いけど みんなでSAME MOON!!