ブログネタ
オフコース・小田和正 に参加中!
秋ゆく街で
(1974.10.26 中野サンプラザホール)

What's Goin' On
・メドレー
(Your Song
〜 Where Is The Love
〜 You Make Me Feel Brand New
〜 You Are Everything
〜 A Day Without You
〜 Holidays
〜 Alone Again
〜 Ticket To Ride
〜 Something
〜 All You Need Is Love
〜 What The World Needs Now Is Love)
竹田の子守歌
春夏秋冬 〜 今日までそして明日から
白い一日
悲しくてやりきれない
悩み多き者よ 〜 傘がない
青春
秋ゆく街で
里の秋
水曜日の午後
僕の贈りもの
新しい門出
よみがえるひととき
すきま風
はたちの頃
さわやかな朝をむかえるために
のがすなチャンスを
白い帽子
別れの情景
もう歌はつくれない
ほんの少しの間だけ
地球は狭くなりました
キリストは来ないだろう
でももう花はいらない
What's Goin' On

僕の贈りもの

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秋ゆく街で
(1975.10.4 中野サンプラザ)

秋ゆく街で
ニール・セダカ メドレー
( King of Clowns
〜 Little Devil
〜 愛の星座
〜 Breakin'Up Is Hard To Do
〜 Oh Carol )
雨の降る日に
水曜日の午後
ワインの匂い
さわやかな朝をむかえるために
倖せなんて
庭のかたすみ
老人の秘めごと
Leaving On A Jet Plane
Country Road
あいつのせい
のがすなチャンスを
別れの情景
歩こう
憂き世に
キリストは来ないだろう
昨日への手紙
愛の唄
少年のように
幻想
青空と人生と
でももう花はいらない
青春
秋ゆく街で

僕の贈りもの

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秋ゆく街で
(1976.10.23 中野サンプラザ)

さわやかな朝をむかえるために
雨の降る日に
ワインの匂い
雨よ激しく
憂き世に
倖せなんて
あれから君は
愛の唄
眠れぬ夜
昨日への手紙
もう歌はつくれない
あなたがいれば
ランナウェイ
ピロートーク
青空と人生と
水曜日の午後
おもい違い
こころは気紛れ
めぐる季節
恋はさりげなく
老人のつぶやき
青春
ひとりで生きてゆければ
冬が来る前に

眠れぬ夜
歌を捧げて

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秋ゆく街で
(1977.10.23 中野サンプラザ)

#JUNKTIONのテーマ(テープ)
INVITATION
めぐる季節
眠れぬ夜
雨よ激しく
愛のきざし
水曜日の午後
思い出を盗んで
変わってゆく女
ロンド
もう歌はつくれない
でももう花はいらない
500マイル
All My Lovin'
もみじ
この胸のときめきを
ランナウェイ
秋の気配
潮の香り
あなたがいれば
こころは気紛れ
愛の唄
老人のつぶやき
青春
新曲(無題 小田作品)
HERO

Day By Day
のがすなチャンスを
歌を捧げて
新曲(無題 小田作品)

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秋ゆく街で
(1978.10.25-10.27 中野サンプラザ)

やさしさにさようなら
思い出を盗んで
美しい思い出に
水曜日の午後
通り過ぎた夜
里の秋 〜 もみじ
こころは気紛れ
季節は流れて
夏の終り
この空にはばたく前に
あなたのすべて
ランナウェイ
愛の唄
この海に誓って
喜びのメドレー
(別れの情景
〜 めぐる季節
〜 恋はさりげなく
〜 ロンド
〜 眠れぬ夜
〜 秋の気配
〜 潮の香り
〜 ワインの匂い
〜 幻想
〜 別れの情景機
眠れぬ夜
のがすなチャンスを
去っていった友へ〜T氏に捧げる〜
心さみしい人よ

ランナウェイ
さわやかな朝をむかえるために
いつも いつも

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1974年、オフコースは初めて中野サンプラザでリサイタルを開く。
そのリサイタルには「秋ゆく街で」というタイトルがつけられた。

リサイタルの採算を考えて、ライブ収録も行われることになったが、音にこだわる小田和正・鈴木康博はバックミュージシャンを厚くすることを求めた。
その結果、村上ポンタ(ドラム)・羽田健太郎(ピアノ)などの腕利きミュージシャンやオーケストラをバックに、リサイタルが開かれた。

洋楽のスタンダードナンバーや当時の邦楽のヒットナンバーがセットリストの中でも大きな比重を占めているところは、当時のオフコースのコンサートのスタイルを示している。

その一部は、ライブ盤となった「秋ゆく街で」でうかがい知ることができる。

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この「秋ゆく街で」では、後に「『忘れ雪』事件」と呼ばれる出来事が起こる。
レコード会社の要請で、このライブ直前にオフコースはシングル「忘れ雪」をリリースする。
オフコースの曲は小田和正・鈴木康博が自分たちで作っていたが、この曲は作詞・松本隆、作曲・筒美京平という当時既に売れっ子だった二人によって書かれたものだった。
しかしレコード制作時点から、この曲を歌うことに納得していなかったオフコースは、レコード会社関係者が客席にいる前で「忘れ雪」を歌わなかった。

事前のセットリストには曲名が書かれていた、という話も聞く。

当時のオフコースは新人に近く、立場が弱いにもかかわらず、自分たちの不満を行動で示したのだった。

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「秋ゆく街で」とタイトルを冠したリサイタルは、1978年まで毎年秋に開催された。
1976年以降は、後にメンバーとなる松尾一彦・清水仁・大間ジローがバックミュージシャンとして参加しているが、その時に小田は「これからは、地方へも5人でいきます」と3人を紹介している。

その1977年の「春のコンサート・ツアー」を皮切りに、オフコースは春と秋に全国ツアーを開催するようになる。
そして、オフコースはフォークデュオから5人編成のロックバンドへと変貌を遂げて行く。

「秋ゆく街で」シリーズ最後となった1978年の「秋ゆく街で后廚任蓮▲札奪肇螢好箸里曚箸鵑匹オフコースのオリジナルナンバーとなっている。

関連記事:

オフコース「秋ゆく街で オフコース・ライヴ・イン・コンサート」
(アルバム紹介)

秋ゆく街で
オフコース
EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
2009-01-21